大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田家庭裁判所 昭和60年(少)1062号 決定 1985年12月02日

少年 H・H(昭42.12.24生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年及びA(17歳)は、いずれも秋田県立○○水産高等学校三年に在学し、外洋漁業実習のため同校実習船○○丸に乗組みインド洋バリ島南端から南南西約×××海里(南緯××度××分、東経×××度××分)付近海上において漁業実習をしていたものであるが、右Aにおいて、交際中の女性との早期再会を目論んで同船による右実習を打ち切らせるため、同船で実習中の同校三年生B(当時17歳)を同船から海中に投げ込んで殺害することを決意し,これを少年に打ち明け犯行に加担することを求めるや、少年もこれを応諾し、ここに両名共謀のうえ、昭和60年9月21日午前4時50分ころ(現地時間)前記海上を約11ノツトで航走中の同船後部上甲板において、Aが右Bの右脚を、少年が右Bの左脚をそれぞれ抱え上げて同人を海中に投げ込み、そのころ付近海中で同人を死亡させ、もつて殺害したものである。

(死亡の認定について)

被害者Bが、少年及びAによりインド洋の海中に投げ込まれた事実は、当審判廷における少年の供述及び少年並びにAの各供述調書、犯行前後に右Aと犯行をめぐって接触のあつたCの供述調書その他によりその証明は十分であり、この点につき合理的な疑いを容れる余地はない。しかるところ、記録によれば、○○丸は、事件当日の夜明け前ころから現場付近海域の捜索を開始し、さらに付近海域にて実習中であった他県の実習船計10隻にも応援を求め、共に懸命の捜索をしたがついに被害者Bを発見するに至らず、9月28日捜索を断念して帰途についたというのであり、なお、付近海域の天候は、9月24日まで風が強く時化模様であつたところ、同海域には人が依れる程の流木等の浮遊物は全く見当らず、他方、被害者は25メートルプールを泳ぐにも途中で足を着かなければならぬ程で、遊泳能力には全く期待できないうえ、付近海域には鮫やシヤチが多く、マグロを船に揚げると頭だけになつていることがよくあるというのであるから、その後2ヵ月余を経た現在において被害者生存の可能性を窺わせる何らの証拠もない以上、被害者の生存の可能性は全くないというほかはない。してみれば、被害者Bは少年らに海中に投げ込まれた前認定の日時ころ前認定の海中付近で死亡したものと認定することにつき、合理的疑いをはさむ余地はないというべきである。

(適条)

刑法199条、60条

(処遇の理由)

本件は、主謀者のAが、単に交際中の女性との再会を早めたいとの誠に身勝手な一念から、同僚実習生の転落事故による漁業実習打切りの結果を目論み、日頃子分のように付き従わせていた少年をも共犯として、真面目かつ成績優秀で信望もあつた被害者Bを、甲板上で星を見るなどして安心し切つていた状況下で、突如暗夜の鮫ひそむインド洋海中に投げ込んだという極めて兇悪にして社会を聳動せしめた事案であつて、志望就職先も決まり将来に胸をふくらませ、正に青春の真只中にあつたところを一瞬のうちに苦海に突き落とされ冥界に引き込まれた被害者の無念は察するに余りあるところであり、海の男の友情を育むべき遠洋の船上でのかかる残虐非道、冷酷無慈悲な犯行は人天共に許さざる所業というべきである。

主謀者Aに、被害者を海に落とすことを「手伝え」と言われるままに唯々諾々と、被害者を甲板上へ「ゴミ捨てを手伝つてほしい」として誘い出し、Aと二人して被害者の足を片方ずつ抱き上げ、正にゴミの如くに海へ投げ捨てた少年の所為も、まことに悪質というほかないのであつて、両名を絶対に許すことができない、一生許さないとして厳重処罰を求める遺族の感情も親として当然というべきである。

以上の諸点に鑑みれば、少年を刑事処分相当として検察官に送致することも十分考えられるところである。

しかしながら、本件において少年が犯行に関与するに至る経緯については、次に述べるような特殊な事情が随伴することを看過することができない。

すなわち、少年は、生来自分に自信がなく、自己表出力が劣弱で、また、他人と喧嘩をするなどの事を構えることができず回避的逃避的に対応してしまう社会的に未熟な人格を有しているところ、○○水産高校入学後1年間は、中学が同窓で力の強い先輩の庇護の下にあつて比較的穏やかな学校生活を過ごしたが、高校2年になつてからは、その先輩も卒業し、同級生の中でも最も力の弱い方に属する者として本件被害者Bと共に、Aの好個のいじめの対象とされていたのであり、特に少年は、頭も切れ自尊心も高くAに反発する姿勢も示していたBと異なり、連日のように暴力を振るわれながらAに全く反発できず、追従笑いで内心の嫌悪を秘しながら、同人に常にあごで使われて使い走りする日常となり、他の生徒から同人の子分とみられていたものであること、本件漁業実習においては、たまたま同人と同室の部屋割りとなり、同人に命ぜられるままに同人と行動を共にし、風呂には道具を持たされて同行させられ、下着を洗濯させられ、カツプラーメンを作らされるなど小間使いの如くに頤使されると共に、その間出港前と同様に理由もなく思い切り殴打されたり、後記のように海に落とすまねをされたりしていたものであること、Aは、出港前から漁業実習に出ることを嫌い、他の生徒もいるところで少年に対し「誰かが海に落ちれば早く帰港できる。出港したらお前を落とすから泳いで帰れ」等と述べていたうえ、出港後何度か(A単独で4回位、同級生Cと二人で1回。外に、Cから2回位。)、ふざけの雰囲気でではあるが、少年の身体を突如後から押すなどして海へ落とすまねをするなどしていたものであり、本件犯行前の本件当夜、少年に「(Bを海へ落とすことを)手伝わなければお前を落とす」と申し向けた後、生徒食堂において、いきなり少年の口をガムテープで塞ごうとし、これが不成功に終るや、Aが見張りをし、C(同人自身は単純に少年を驚かす積りであつたと思われる)が少年の両手を後ろ手にガムテープで何重かに巻いて縛り、口を塞ぐべき顔をも何重かに巻いたため、少年は非常な畏怖を覚え、さらに、Aに命じられて犯行のためBを甲板に誘い出す直前、自室においてAから今度は「お前一人で落とせ」と言われたうえ、こうして落とすのだ、として同人から身体を持ち上げられたため、言われた通りにしないと自分が海に落とされるという不安がますます募つたこと、以上の事実が認められ、これらの事実を、少年が、遠洋航海中という閉塞された特殊な環境下で、しかも日頃嫌悪しながらも頤使されるがままだつたAと同室とされ、殆んど常にその実力下におかれていた状況に照らしあわせると、何ら含むところもなく、かえつて周囲から比較的仲が良いとみられており、また、同じいじめの被害者で同情をこそかけるべきBを、Aに言われるまま、暗闇の海に投げ込んだ所業にも、そこに至る経緯においていささか同情の余地があるというべきであり、実行面においては、むしろ少年の方が、被害者を誘い出している分だけ分担部分が多いとはいえ、以上の経緯に照らせば、少年はAの道具として使われた面が強く、犯行の主謀者であり、主導的積極的に遂行したAに比べ、少年の犯情が軽いことは否定することができない。

少年の資質・環境上の問題点は、家庭裁判所調査官作成の少年調査票、秋田少年鑑別所作成の鑑別結果通知書に記載のとおりであるから、これらをここに引用するが、少年は、知能はIQ-97で普通域にあるが、放任されて育ち家族との心的交流も十分にないままに生育し、幼時から親の期待を先取りして表向きは比較的「いい子」を通してきたためか、感受性が鈍く、精神内容が貧因で、自己表出力に劣り、自信がないため他に同調し易く、同調することによつて困難場面を回避し、自己顕示を図ろうとする、言われることはやるものの自主性、自発性に乏しく無気力になり易い、一旦固定観念にとらわれるとなかなか脱却できない、等の性格上の問題点があることが認められる。また、本件外洋実習においても、他少年からの指示もあつたようであるが、実習船への持込みを禁止されている煙草、ウイスキーを持込み、ことに煙草の持込量は計46個という大量で、一部を他の生徒に売る等しており、その他これまでに万引、電話によるいたずら等の逸脱行動もみられること等を合わせ考えると、少年の規範意識にはかなり問題があり、この点が前記の性格上の問題とあいまち、たとえAの実力下で自我が萎縮していたとはいえ、人一人の生命を奪うことについて十分抑制力を動員しえなかつた要因をなしているというべきである。

ところで、少年は、本件犯行後帰途にある船内において、ひどく落ち込んだ状態となり、自室から出ることも少なく、食欲も減退して茫然としており、あるときは足に大便をつけたまま部屋に戻るなどしたというのであつて、入港直前の昭和60年10月14日(Aに海に落とされる恐れも殆んどなくなつた時点)まで教官に(投げ込んだという)真実を述べようとしなかつたとはいえ(犯行直後両名から真実を打ち明けられていたC及び事前にAから手伝うことを持ちかけられて断つていたDは右の恐れのためついに本少年の申告以前には自ら申告することができなかつた)、友人に促されて教官に真実を申告したものであり、少年が良心の呵責に悩んでいたことが窺えると共に、少年なりの反省の情も窺え、前記の性格上、規範意識上の問題点も、その年齢、非行係属歴のないこと等に照らし十分矯正可能であるというべきである。

以上によれば、なるほど本件の罪質・態様の重大・悪質であること、社会に与えた衝撃の甚大であること、遺族の被害感情等は刑事処分を相当とするに十分なものがあるが、上述した少年の加巧の経緯、Aとの犯情の軽重、反省状況、少年の資質上の問題点の矯正可能性等の諸点に照らすと、全体としての保護相当性は失われていないというべきであり、もし、少年を検察官送致した場合には、少年に対し実刑判決が言い渡され少年に対する処遇としていかにも適切でない結果を招来することも考えられるので、結局少年に対しては、前記資質上の問題点の矯正のため強力で専門的な施設教育を施すのが相当であると思料する。

よつて、少年を中等少年院に送致することとし、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 小池洋吉)

〔編注〕少年A(昭42.12.17生)に対する殺人保護事件(秋田家昭60(少)1061号昭60.12.2検察官送致決定)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例